覚え書き 4
4.見てはいけないものを見てしまった
翌日、コースフェルト侯爵令嬢は学校を休んでいた。王太子とマールバッハ男爵令嬢はいつもどおりバカップルだし、王太子の子分もといマールバッハ男爵令嬢の下僕は相変わらず金魚のフンだ。
この中に混じるのは嫌すぎる。
なるべく表情筋を動かさないように気を使いながら、俺は王太子たちの後ろにいた。あまり王太子と目が合いたくないという気持ちもある。
昨日は結局国王からのおとがめもなく、婚約破棄についても前向きに考えてくれると仰ったらしい。ホントかな〜。まあ、生き餌にするとは仰ってたけど。
そんなわけで、王太子とマールバッハ男爵令嬢はいつもに増していちゃついている。
みんなの目の毒だからやめてあげて。
するとそんな俺の心の声を神様が聞き届けてくれたのか、王太子が校長室に呼び出された。
「すぐに帰ってくるからな」
マールバッハ男爵令嬢の額にキスを落として、王子は教室を出た。
しかしその後に事件は教室で起こった。いや、校長室で起こっても分からないんだけどね。
その事件とは、あろうことかマールバッハ男爵令嬢が、宰相の息子に声をかけたのだ。
この二人、前から隠れて会っていたのは知っていたが、こんな人前で…
「いいのですかヴィルマ嬢。ここでは人目につきますよ?」
「大丈夫よ。いくらでもごまかしは効くもの。ね?」
そう言いながら、マールバッハ男爵令嬢は俺にウインクをしてきた。
なんだと⁉︎同時に二人か?
俺が慄いていると、マールバッハ男爵令嬢は俺にあっかんべをしてきた。
「そんなわけないでしょ、バーカ」
ちくしょう、なんかムカつく。俺は無表情を崩さないように気をつけながら窓の外を見た。
青い空を大きな鳥が飛んでいる。いいよなあ、お前は。こんなくだらないことに囚われずに、大空を自由に飛び回れて。
あれ?よく見ると魔物じゃね?よくRPGとかに出てくるワイバーンに似てる気がするぞ。
俺は目を凝らして空をみた。するとその様子を不審に思ったクラスメイトが窓の外を見る。そして叫んだ。
「ワ、ワイバーンだあっ」
そして盛大に尻餅をついた。
あれ?ワイバーンがこっちを見たぞ?こんな離れたところにある学校で尻餅をついた音って聞こえるわけないよね?
しかし俺の希望的観測はものの見事に撃ち破られた。確かにワイバーンはあの尻餅の音を聞いたのだ。(いや、叫び声か?)
どうやら俺たちは、ワイバーンにロックオンされてしまったみたいだ。
「きゃあああ。こんなイベント、ゲームにはなかったわよぉ」
マールバッハ男爵令嬢が両手で頬を押さえて悲鳴を上げた。あ、そんな。叫んじゃったら死亡フラグが立っちゃうよ。
俺は焦りながらも呆然と窓の外を見る金魚のフンどもに、金魚本体を避難させるように指示を出した。
さて、これからどうしよう。
いくら騎士団長の息子とはいえ、まだ騎士学校に入学もしていない。いや、例え騎士だったとしてもあんなの一人で討伐できるはずがない。
俺は神話の英雄ジークフリートじゃないんだぞ。
しかしそんなことはお構いなしにワイバーンはこの学校に真っ直ぐに向かってきている。
さらに、クラスの全員が俺を見ている。
やめろ。そんな目で見るな。まだ本格的な訓練も受けてないのに、あんな化け物と戦えるか!せめてゴブリンを相手にさせてくれ。それならなんとか勝てる。奴も相手に不足はないと喜んでくれるだろう。
しまった、思わず現実逃避をしてしまった。俺は慌てて周囲を見回す。せめてみんなをここから避難させよう。
そう思って窓の外を見た俺は愕然とした。
間に合わない気がする…