覚え書き 3
3.国王陛下にご報告
「…以上が本日起こった事柄です」
報告を終えると俺はため息を吐いた。
「予の前でため息とは、ずいぶん砕けているものよな」
わかっているだろうに陛下はニヤリとするでもなくそう仰った。
「申し訳ございません」
「うん?そなたもアレについては色々ため込んでいるのだろう」
真顔ですが仰る内容がニヤニヤされてます、陛下!
「まあ、アレはもう暫く泳がせておけ。他にも何か釣れるだろうからな」
あのー、カジキマグロでも狙っておいでですか?
やっぱり大物は黒カジキですよね!って、ちがーうっ。
つい前世で夢中だった釣りゲームを思い出しちゃったよ。国王陛下もお人が悪い。
っていうか、あの男爵令嬢あのままですか?あれじゃあ他の貴族に対してしめしがつきませんよ?
「かの男爵令嬢はそのままでかまわんぞ。隙だらけの方がいい餌になるだろうからな」
表情に出てました?
しかし、釣り餌ねぇ。男爵とはいえ、貴族令嬢を餌扱いですか。さすが国王陛下はスケールが違う。
「かしこまりました」
敬礼をすると退出の許可が出たのでそのまま国王陛下の前を辞した。
王宮のエントランスに向かって歩いていると、正面からさっきまで見ていたバカ面がやってきた。さすがに腕に男爵令嬢はぶら下げていないようだけど。
「父上に告げ口か」
悪いことをした小学生みたいなこと言うなよ…
「私の仕事ですから」
それだけを告げると、俺は軽く頭を下げて再び歩きだした。
「父上の腰巾着が」
なにやら悪態が聞こえたが、無視無視。王太子とはいえ、王宮の人事には口出しはできない。やりたきゃ国王陛下を安心させて早く隠居させな。無理だと思うけど。
せめて並の王子なら、もうちょっと人事にも口出しできただろうけど、いかんせん信用がなさすぎる。あの王子が「こいつをクビにしろ」とわめいたところで「あー、はいはい」っていって右から左に受け流されるのがオチだ。
俺は口元に皮肉な笑みを浮かべて王宮を後にした。
「父上、お呼びでしょうか」
「公の場でそう呼ぶなといつも申しておるはずだが」
国王が仏頂面で告げると、王太子は心底分からないというふうに首を横に振った。
「なにを仰います、父上は父上ではありませんか」
国王は場所をわきまえろといったつもりだったが、王太子には通じなかったようだ。
国王は鼻の付け根を揉むと、王子に尋ねた。
「本日、そなたは侯爵令嬢との婚約を破棄すると宣言したそうだな」
「それは騎士団長の息子が言ったのですか」
「違うと申すか?」
「いえ、間違いございません」
「ファーレンハイト伯爵子息だけでなく、他からも同じ報告が上がっておる。そなたはなぜ婚約を破棄したいと申すか」
「それは…あの者が未来の王妃に相応しくないと判断したからです」
「では問うが、そなたはどのような令嬢が王妃になるに値すると思うか」
王子は暫く考え込む仕草をすると、朗々と話し始めた。
「まずたおやかで折れそうな儚げな雰囲気。はにかむような笑顔も愛らしく、上目遣いに見上げる瞳は潤んで…」
「誰のことを言っておるのだ。それは見た目の話であろう。内面はどうなのだ」
国王が王子の言を遮ると、不満げな顔でうなずいた。
「見た目は大事でしょう?内面はいつも俺を立ててくれますよ。人を疑うことをしない、優しい性格です」
国王は首を傾げた。先ほどファーレンハイト伯爵子息から男爵令嬢が侯爵令嬢に冤罪をかけたとの報告が上がっていたからだ。
「先ほどの婚約破棄の騒動は男爵令嬢の訴えが原因と聞いたが」
「それは本当のことだからです。ヴィルマが俺に嘘をつくはずがありません」
…終わった。この国終わった…
そう呟くと国王は右手で痛そうに頭を押さえながら、左手を犬でも追い払うように振った。
「そなたの言い分はわかった。婚約破棄の件はこちらでも検討しよう。下がってよいぞ」
「はい、失礼します」
挨拶もそこそこに退出する息子の背中を見送って、国王は盛大にため息を吐いた。
「そろそろ潮時かもしれんな」