覚え書き 9

9.逆ハーレムエンド狙いらしい

授業はいつも通り滞りなく進み、休み時間のたびにコースフェルト侯爵令嬢は大勢の生徒に囲まれていた。他のクラスからも見に来ているね。


その様子を王太子が不快げに睨みつける。自分が撒いた種でしょ?


昼休みに俺はため息をついて席を立つと、王太子の元に行った。

「殿下、食堂に行きましょうか」

「あ、ああそうだな。行こうか、ヴィルマ」

「そうね。きっと食堂の方が落ち着くわ」


何人かの生徒がマールバッハ男爵令嬢を睨んだが、王太子に睨み返されて視線を外した。

そこ相手を睨むんじゃなくて、マールバッハ男爵令嬢を注意しなくちゃ。

この王子にマールバッハ男爵令嬢を教育とか、無理だな。

諦め気分で俺は天井を見上げた。さあ、昼食にしよう。



一日の授業が終わった頃には、コースフェルト侯爵令嬢の周囲はだいぶ静かになっていた。


「それではみなさんご機嫌よう」


教室にいた生徒に挨拶をすると、コースフェルト侯爵令嬢は窓から出て、ワイバーンに乗ってどこかに飛び去っていった。どこに帰ってるんだろう?


ふと窓の外から視線を戻すと、目の前にマールバッハ男爵令嬢が立っていた。彼女の隣りに王太子の姿はない。


「ヴェルナー君はもう帰るの?」


砕けた口調でマールバッハ男爵令嬢が話しかけてきた。


「ええ、そろそろ帰るつもりですよ」

俺は帰り支度を終えて席を立つと、マールバッハ男爵令嬢が隣にきた。

ぎょっとして隣の令嬢を見ると、彼女は俺の顔を見上げてにっこりと笑った。


「一緒に帰りましょ」


あっ。こら。腕を絡めてきちゃダメだよ。

慌てふためく俺の姿を、マールバッハ男爵令嬢はニコニコ笑って見ている。ダメだ、これは確信犯だ。

俺は強引に腕を抜くと、早足で歩き出した。後ろから「チッ」と舌打ちする音が聞こえてくる。

なんだこの令嬢にあるまじき言動のフルコースは。


「待ってくださーい、ヴェルナーくーん」

俺に追いつこうと、小走りでついてくるマールバッハ男爵令嬢。まだフルコースは続くらしい。


大声で「ヴェルナーくーん」と俺の名前を呼びながら駆けてくるマールバッハ男爵令嬢。このフルコース重い。


仕方なく俺は立ち止まった。するとマールバッハ男爵令嬢は満面の笑みを見せて、俺の制服を掴んだ。


「もう、ヴェルナー君足が速いー」


この頭の軽そうな令嬢に説教した方がいいかな?

俺がマールバッハ男爵令嬢の手を払ったとき、もの凄い形相の王太子と目が合った。


なにをしている?ヴェルナー」


俺かよ!

俺は大きなため息をついた。


「フリッツ様ぁ」


王太子の顔を見たマールバッハ男爵令嬢が、猫撫で声をあげてすり寄った。うん、そうくるだろうとは思ったよ?


「早かったんですね」


王太子の腕に絡みつき、上目遣いに見つめるマールバッハ男爵令嬢。途端にバカ王子の顔になる。チョロいな。


「ヴィルマ、たとえ一瞬でもお前と離れたくはないからな」


あー、はいはい。このまま二人でどこへでも行っちゃってください。俺のことは放っておいていいから。


「ヴェルナー、俺の大事なヴィルマに指一本触れるな」


違うよ、触れたのは王子の大事なヴィルマ・フォン・マールバッハ男爵令嬢の方だから。

俺はため息をついた。


「マールバッハ男爵令嬢がつまづいて転びそうになったので、支えただけですよ」


俺が適当に理由をでっち上げると、マールバッハ男爵令嬢は首を縦に何度も大きく振った。

ドリンキングバードみたいだな。


本当なのか?」

「そうなの!ヴェルナー君のおかげで、服が汚れなくて助かっちゃった」


オイラー男爵令嬢が頭をこづきながら舌を出す。

あざとさにげんなりする。

しかもまた俺を君づけで呼ぶし。なにそれ俺を王太子に殺させる気なの?


しかし王太子は、オイラー男爵令嬢が俺を君づけで呼んだことなど気にも留めてないようで、嬉しそうな顔でうなずいた。


「そうか、それならよかった。では行こうか」


王太子は俺をじろりとひと睨みして、オイラー男爵令嬢の肩を抱いて歩いて行った。そんなに自分以外の男に触れられたくないなら、どこかの部屋に入れて鍵でもかけてよ。野放しにされたら怖いから。主に報復的な意味で。


多分オイラー男爵令嬢は、逆ハーレムエンドを狙ってるんだろうな。他の攻略対象は誰だっけ?


宰相の息子のテオドールはもうすぐ落ちそうだし、あとは公爵の息子に、教皇の息子と騎士団長の息子の俺。悪役令嬢の弟と隠しキャラはまずないな。

ま、俺も攻略される気はないけどな。