覚え書き 10
10.お説教
朝から見たくないものを見てしまった。
悪役令嬢の断罪イベントから一週間。なぜか断罪イベント前と同じ日々が続いている。
王太子はマールバッハ男爵令嬢といちゃいちゃしてるし、コースフェルト侯爵令嬢はまだ学校に通っている。
王太子の目を盗んで、マールバッハ男爵令嬢は王太子のご学友にアプローチしてるし、俺にも近づいてくる。仕方ないから「あ、殿下」なんて言って、マールバッハ男爵令嬢がうろたえた隙に、脱兎のごとく逃げているけど。
そして今日に至るのだが、なんとマールバッハ男爵令嬢は宰相の息子を侍らせて、隠しキャラの魔術の先生と談笑していたのだ。
俺は回れ右をしてマールバッハ男爵令嬢から遠ざかった。関わりたくない。
しかし俺は気付いてなかった。マールバッハ男爵令嬢が俺の後ろ姿を見つめていたことに。
「どうしてかしら」
突然放課後にマールバッハ男爵令嬢に問い詰められた。
「え、なにが?」
「とぼけないで!あたしを避けてるでしょう?」
マールバッハ男爵令嬢がだんっと俺の机を叩く。もう言っちゃってもいいかな?
「マールバッハ男爵令嬢、あなたは誰と付き合っているのですか」
「フリッツ様だけど。それとヴェルナー君があたしを避けるのと、なんの関係があるのよ?」
「それ、本気で仰ってます?そもそも貴族社会では、結婚前の男女が親しげに話すのは、よくないとされています。
とくにあなたは王太子殿下の婚約者候補。王太子殿下以外の男性とは、節度ある付き合いを心がけてください」
「な、なによそれ…」
「現にあなたは私が王太子殿下がいらっしゃった素振りを見せると、うろたえるではありませんか。ご自覚はあるのでしょう?」
「そ、それはフリッツ様が焼きもちをやかれるから…」
「そういった状況を作られるのが好ましくないのです」
「な、なによ。ヴェルナー君の意地悪っ」
マールバッハ男爵令嬢が顔を真っ赤にして怒鳴った。トマトみたいだな。
可愛くないトマト色の顔の令嬢に、俺は続けて言った。
「それから王太子殿下以外の男性を、名前や愛称呼びをしてはいけませんよ」
「ヴェルナー君のばかぁー!」
マールバッハ男爵令嬢は両手を握り、捨て台詞を吐いて走り去った。令嬢として失格だよ。
周囲の生徒の注目を浴びるなか、俺は帰り支度を始めた。
その机をまたまただんっと叩く者がいた。顔を上げるとそこには怒り心頭といった感じの王太子殿下の顔があった。
「なぜ俺の可愛いヴィルマが泣いているんだ」
「なぜですか」
思わず質問に質問で返してしまった。なぜなら俺が見たのは真っ赤にゆだった…もとい真っ赤になって怒った、あまり可愛くないマールバッハ男爵令嬢だったからだ。
「ふざけるな!お前が泣かしたんだろう!ヴィルマに謝れ!」
「嫌ですよ」
「なぜだ⁉︎」
「じゃあ聞きますけど、俺とマールバッハ男爵令嬢が親しげに話してる姿をみて、どう思われますか?」
「…いい気はしないな」
むしろ怒るでしょ?
「マールバッハ男爵令嬢は王太子殿下の恋人です。いずれは婚約者になられるでしょう。そのような方が恋人である王太子殿下以外の男性と仲良くしてもいいのですか?」
「それは…」
「嫌でしょう?だから王太子殿下以外の男性と親しげにしてはいけないと申し上げたのです。いけませんか?」
「い、いや…」
「いいですよね?」
「そ、そうだな」
よし、王太子の了解はもらえた。俺は立ち上がると晴れ晴れとした気持ちで言った。
「さあ、帰りましょうか、王太子殿下」
王太子の肩越しに、マールバッハ男爵令嬢の姿が見えた。まさに鬼の形相という言葉がピッタリだね。そんな顔してたら逆ハーレムエンドなんて夢のまた夢だよ。
まあ、どっちにしろ俺は逆ハーレム要員になるつもりはないけどね。