覚え書き 12

12.とうやら2ndシーズンに突入したらしい

「これからどうぞよろしくお願いします」

右手を左胸に当てて頭を下げると、エルヴィン殿下は微笑んでうなずいた。

「色々大変だろうけど、よろしくね」

エルヴィン様の隣には、少し困ったような笑みを浮かべたコースフェルト公爵令嬢の姿が。うん、気持ちはわかる。


「まあ、王様に命じられたからって、すぐに乗り換えるのね。ふしだらだわ」


マールバッハ男爵令嬢が王太子もとい第一王子にしなだれかかりながら、こちらをうかがっている。


お前がいうな。っていうかふしだらなんて言葉知ってたんだな。


「いやあ、君には負けるよ」

「えっ?」

「エルヴィン、お前


怒気をはらんだフリードリヒ殿下の声に臆することもなく、エルヴィン殿下は尋ねた。


「彼女がかの有名なご令嬢だよね。兄上も奇特な方だなあ」

「なんだと?」

「なぜこのご令嬢が有名なんだと思う?」

「なんでだ」

「わからない?」

「わからないから聞いている」


エルヴィン殿下は肩をすくめた。わかってないのは当人たちだけってことか。


「兄上はもっと周囲の言葉に耳を貸すべきだよ。そうすれば僕が言った意味もわかってくる」


そういうとエルヴィン殿下は、コースフェルト侯爵令嬢の肩に手を添えて校長室を出ていった。俺も一礼して校長室を後にする。


後ろから「いったいなんだっていうんだ」とか、ぶつぶつ言ってる元王太子の声が聞こえてきた。



「エルヴィン殿下は婚約者がわたくしでよろしかったのですか?」

「逆に君以外になかなかいないと思うよ」


ずっと門閥貴族の中でもまれてきたからこそだよね。王太子の婚約者ってことで、厳しい教育も受けてきただろうし。


俺が一人でうんうんうなずいていると、

エルヴィン殿下がこちらを向いてニヤリと笑った。

「ほら、ここにも賛同者がいるよ」


……うわあ、びっくりした!


「ねえ、ファーレンハイト、君もこの婚約に賛成だよね」

「もちろんです。エルヴィン殿下」

「ふふ、ありがとう。兄上よりも?なんて意地悪な質問はしないでおくよ」


なかなか手強そうだな。

でもあのバカ王子よりは万倍マシだ。いや、比べるのも失礼な気がする。


「それじゃあ今日のところはこれで帰るよ。二人とも、また明日ね」

「あ、玄関までお送りします」

「大丈夫だよ。そこに護衛がいるから。明日からは頼んだよ」


そう言ったエルヴィン殿下の視線の先には、学園の制服を着たおっさんが柱の向こうからこちらをそっと覗いていた。


あれじゃあ国王陛下が俺に護衛を命じたくもなるよな。


苦笑しながら俺は右手を左胸に当てて頭を下げた。


「明日からよろしくお願いします」



教室に戻ると、俺とコースフェルト侯爵令嬢はクラスメイトに取り囲まれた。

教壇では数学の先生ががっくりとうなだれている。


このところこのクラスは学級崩壊してるからな。なんかごめんなさい。


コースフェルト侯爵令嬢は困ったように苦笑しながらも次々くる質問に答えようとしていた。


曰く、婚約破棄はどうなったのか?


曰く、学校はまだ通えるのか?


曰く、王太子が教室に戻ってこないんだけど?



おい、三つ目の質問!


それは論外だとして、ほかの二つも答えられないよ?


「ごめんなさい、わたくしの口からは申し上げられませんわ」


定型句の返しになるのは致し方ないだろう。

その返事をきっかけに、クラスメイトたちは一人、また一人と席に戻っていった。


放課後、俺はコースフェルト侯爵令嬢と教室に残っていた。


「もう侯爵家に戻られた方がよろしいのではないでしょうか?」

「そうでしょうか?」

「再び王子殿下と婚約されるのですから、家を出られる理由がございません」

「それもそうね」


コースフェルト侯爵令嬢は小首を傾げると、窓をよじ登った。


「ではひとまず侯爵家に行きますわね。ご機嫌よう」


目の前を影が横切ると、コースフェルト侯爵令嬢は窓から飛び出して、見事にその背に乗った。

ひらひらと右手を振る侯爵令嬢を乗せて、ワイバーンは空を切って去っていった。


一つため息をつくと、俺も屋敷に帰るために教室を出た。