覚え書き 2
2.俺と男爵令嬢の共通点?
ヴィルマ・フォン・マールバッハ男爵令嬢は、俺たちが王立学園の二年生になった春から編入してきた。
どうやらマールバッハ男爵家に雇われていたメイドがお手付きになり、産まれた娘がヴィルマ・フォン・マールバッハ男爵令嬢で、母親の元メイドが亡くなり、彼女の遺品から自分がマールバッハ男爵の娘であることを知ったらしい。
母親の葬式もそこそこに、男爵家に転がり込んだという話だった。
これは王国の暗部から聞いた話だ。
もちろんこの話に俺との共通点はない。俺は歴としたファーレンハイト家の嫡男だ。家格こそ伯爵だが、代々騎士団長を勤める由緒ある家柄だ。
話が逸れた。
つまり、生まれや家柄、当主の嗜好まで何一つ共通点はないと言いたいわけだ。
そんな俺たちの共通点、おそらくそれは異世界からの転生者ということだ。
根拠はさっきの騒ぎの最中にマールバッハ男爵令嬢が呟いた「悪役令嬢」という言葉だ。
もちろんこの世界にそんな単語は存在しない。それは俺と多分男爵令嬢の共通の前世にあった言葉だ。しかもそれはとあるゲームに存在した。
乙女ゲームという主に女性が好んで遊んでいたゲームの中に。
なぜ俺がそのゲームを知っているかというと、別に前世が女だったわけではなく、妹がとある乙女ゲームにハマって俺に色々勝手に語っていたからだ。
そのせいで俺は男でありながら、かなり乙女ゲームに詳しくなってしまったのである。
乙女ゲームでは主人公の少女とその恋人候補の攻略対象者。そしてその恋の障害となる人物や事象がある。悪役令嬢とは当然恋の障害である。この障害にめげずに健気に愛を育めたら攻略対象者が断罪して排除してくれるというわけだ。
マールバッハ男爵令嬢がこの断罪を実現しようとしたのは明らかである。しかし、好感度が足りていないのか、断罪の条件を満たしていなかったらしく、(俺の活躍もあって)悪役令嬢?の排除に失敗してしまったようだ。
俺、男爵令嬢に恨まれたんじゃないだろうか…
しかしこの国を内部崩壊させるわけにもいかないし、どうしても断罪したいならちゃんとした証拠を提示してくれ。
だいたいあんなふわっとした訴えを真に受けるなよ、ダメ王子。
そう、全てはあの王子がバカなことが原因だ。
いやいや、現実逃避はやめよう。確かに王子はバカだが、そこにつけ込んでないことないこと吹き込んだ男爵令嬢が諸悪の根源だ。あんな虫も殺さないような顔をしてえげつないことするなあ。
俺は顔を上げて前を行くバカップルを眺めた。
奴らは腕を組んでいちゃつきながら歩いている。
「もう、フリッツ様ったら」
うふふと笑いながら王太子殿下を愛称で呼ぶヴィルマ・フォン・マールバッハ男爵令嬢。大勢のいる場所で愛称呼びはダメだってば。
自分がこの聴衆を集めさせたことも忘れて鬱陶しそうに睨んでいるけど、ちょっと態度を改めてもらえませんかねぇ?フリードリヒ王子?
「行ってしまわれたわ。断罪は…終わったわけではないでしょうね」
そう呟いてコースフェルト侯爵令嬢はため息を吐いた。
「まあ、時期的には早すぎるとは思ったのですが」
侯爵令嬢がふと顔を上げると腕を組んで歩く王太子とマールバッハ男爵令嬢が王太子の側近たちを引き連れていく背中が見えた。
そのうちの一人が振り向いてコースフェルト侯爵令嬢と目が合った。
……⁉
彼、︎ヴェルナー・フォン・ファーレンハイトはなんとも言えない表情で首を横に振った。
それは呆れたような仕草に見えた。
もしかして、ファーレンハイト騎士団長子息も、わたくしと同じ…?
まさかと否定の意を込めて、コースフェルト侯爵令嬢は首を横に振った。
マールバッハ男爵令嬢と自分だけでなく、騎士団長子息までも転生者なんて、どんな冗談なのか。
ため息を吐くと、コースフェルト侯爵令嬢は王太子たちの一団に背を向けてその場を立ち去った。