覚え書き 1

1.唐突ですが悪役令嬢の断罪シーンから

「カテリーナ・フォン・コースフェルト侯爵令嬢。そなたとの婚約を破棄する」



やったーー。とうとうやってしまったよ、あの王太子

頭を抱える俺の前で可憐な令嬢を傍らに、バカいやいや、やっぱり頭の中だけでも、バカ呼ばわりはまずいか。

というわけで、バカもとい王太子殿下の宣告は続く。

「聞けばお前はこのヴィルマ・フォン・マールバッハ男爵令嬢に数々の嫌がらせをしたとか。そのような者は我が妻、ひいてはこの国の王妃の資格はない」


それ、ちゃんと裏は取れてるの?まさかマールバッハ男爵令嬢の申告だけを判断基準にしてないよね?

「よって貴様は侯爵令嬢の位を剥奪ののち、国外追放とする」


ちょーっと待ったぁ!追放とかできるのは国王陛下だけだよ⁉︎ほら、コースフェルト侯爵令嬢も、なにか申し開きしないとって、あのバカ王子の許しがないと話せないんだったぁ!


俺が頭を抱えたままその場にうずくまると、マールバッハ男爵令嬢が声をかけてきた。

「大丈夫?ヴェルナー君」


おいおい、貴族令嬢が親しくもない男のファーストネームをさらっと口にするなよ。悪気はないんだろうけど。


コースフェルト侯爵令嬢は俯いて、その両手はスカートを握りしめている。その表情まではうかがえないが、望まぬ形で注目を浴びてしまっているこの状況は、彼女にはかなり辛いことだろう。


「どうだ、申し開きすることがあれば聞くぞ」


かなり満足した表情でバカ王子は侯爵令嬢に尋ねた。

なに嗜虐心を満足させてるてんだよ。もう、うずくまるを超えて地面にめり込みそうだよ。


「では、恐れながらお尋ね申し上げます」

コースフェルト侯爵令嬢は美しいカーテシーで応じた。

「わたくしがマールバッハ男爵令嬢に対し嫌がる行為を行った、と仰るのですね」

「だからさっきから言っているだろう」

被り気味でバカ王子がなじる。



ふと俺は気になってマールバッハ男爵令嬢を見上げると、その口元は嫌な形に歪んでいた。いや、その笑顔人前に晒しちゃいけないと思うよ?

しかも「これで邪魔な悪役令嬢を追い出すことができるわ」なんて呟いてるし。それ、口に出しちゃダメなやつ。いや、聞いてしまった俺が悪いのか⁉︎


少し混乱してきたようだ。深呼吸しよう。すーはー、すーはー。


深呼吸でなんとか落ち着いた俺は、改めてマールバッハ男爵令嬢の顔を見た。その顔はいつもの通り、可憐な令嬢のものだった。


気を取り直して、俺は立ち上がり王太子に許可を求めた。

「殿下、いくつかお尋ねしたいことがありますが、よろしいでしょうか」

するとバカ殿下は振り返り露骨に嫌そうな顔をした。

「なんだ、ヴェルナー。またお前は俺に意見するのか?」


王太子が一人称を「俺」なんて言っちゃいけませんって


一つ大きなため息を吐くと、俺は王太子に尋ねた。

「マールバッハ男爵令嬢が受けたという嫌がらせは具体的にはどのようなものだったのでしょうか」


「な、なにを言ってるのじゃ、嫌がらせは嫌がらせだ!」


噛んだ。


しかも嫌がらせの内容も聞いてない。これは冤罪の臭いがぷんぷんするね!


「なにを慌てていらっしゃるのです?殿下。私は国王陛下に此度の婚約破棄とコースフェルト侯爵令嬢の国外追放について、報告する義務がございます」

「うるさい。父上は関係ないだろう」

「そうは参りません。この婚約破棄がこの国の内政にどのような影響を及ぼすことか、お考えになったことがおありですか」

「な、な、な貴様、この王太子の俺に口答えするのか!」


口答えですか。ああ、そうですか。そう来ましたか。やっぱり馬鹿王子でいいや。


「私の主君はあくまでも国王陛下です。私は陛下の命令で王太子殿下である、貴方様の側に控えておりますので」

左胸に右手を当てて頭を下げると、王太子は喉に何かつかえたような声をあげた。

俺は王太子の下僕ではなく、国王の部下なのだ。このバカがなにかやらかしても、手遅れになる前に、速やかに国王陛下に報告するのが俺の仕事だ。

ただ、全てを把握することはできないので、このように対応が後手に回ることもあったりする。


俺は心の中で頭をかきながら続けた。

「フリードリヒ様とコースフェルト侯爵令嬢の婚約には、国王派と貴族派の融和を図るという意味がございます。もし、殿下が婚約を破棄された場合、貴族派は教会派と手を結ぶことになるでしょう」

そして王子が廃嫡されるかもしれないんだけど。わかってるのかなぁ

「そんな

廃嫡の可能性に気づいたのか、マールバッハ男爵令嬢が呟いた。玉の輿を狙ってたんだろうなぁ。ご愁傷様。


「し、しかし。だからといってこの女をこのまま許すわけには


「ま、待ってください、フリッツ様」


とうとうコースフェルト侯爵令嬢をこの女呼ばわりした馬鹿王子を、当事者の男爵令嬢が止めた。


「ど、どうしたヴィルマ。お前はこの女に数々の嫌がらせを受けていたのだろう?」

「で、でも

「でも?」

「ち、違ったかも


はい?


「間違いだというのか?ヴィルマが嫌がらせを受けたと言うから、俺はあの女を


素が出てきてない?

しかもマールバッハ男爵令嬢もなんか変なこと言いだしたし。


「おや、確証はないのですか?それならはっきりと、誰にでも分かるような証拠を揃えてから、婚約破棄の件について話し合いましょう。もちろん国王陛下の御前で」


俺の言葉を最後に、この茶番劇は幕を閉じた。